加藤九祚の人柄が浮かび上がる中村敦夫の『コーカサスの風』
2026-08-14


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37年前にテレビ朝日が出版した中村敦夫の紀行文を古書で入手して読んだ。

 『コーカサスの風:My Silk Road』(中村敦夫/テレビ朝日/1989.11)

 この紀行文は、先日読んだ『シルクロード文明の旅』[LINK](加藤九祚)の冒頭に載っている旅の別バージョン記録である。

 黒海北西岸のオデッサ(ウクライナ、当時はソ連)からカスピ海西岸のバクー(アゼルバイジャン、当時はソ連)までの旅は、ユネスコの学術調査だった。日本、ソ連、英国、米国の人々から成る50人が10台の四駆を連ねて、1989年5月から6月まで約40日かけて旅した。

 テレビ朝日や朝日新聞などもこの学術調査に参加している。学術調査団の団長は英国人の学者だが、車10台のうち4台はテレビ朝日の取材班が占めている。事情は不明だが、テレビ朝日がかなり出資した学術調査だったのかもしれない。テレビ撮影をしながらの旅なのだ。途中、団長は「私たちはテレビの奴隷になっています」とぼやいている。

 テレビ朝日取材班のレポーターが中村敦夫(当時49歳)、学問上のコンサルタントが加藤九祚(当時67歳)だった。中村敦夫による本書を知り、加藤九祚への言及があるだろうと期待して入手したのだ。期待通りだった。

 本書はテレビ取材班の奮闘をやや諧謔的に綴っていて読みやすい。中村敦夫は、自身が歴史に不案内だとしたうえで「この本の中で、少しでも歴史学的叙述が出てくるとすれば、すべて加藤氏からの受け売りと思っていただきたい」とことわっている。また、次のように述べている。

 「積極的になれば、歴史というのは結構面白そうだ。だが、他人のやらぬ研究に没頭している加藤氏の人柄は、それ以上に面白い。」

 「原宿のニイちゃんみたいな格好をしている。(…)おまけに、カウボーイ・ハットをかぶり、半ぱな色のサングラスをかけている。それがシュールにならず、なんとなく似合うから不思議である。(…)教授というより、チョビ髭先生とでも呼ぶ方が似合っている。」

 野原に咲いているアザミの花を見たとき、チョビ髭先生は、頼みもしないのに「アザミの歌」を歌い出す。その歌を中村敦夫は次のように評している。

 「老人の歌は、たとえ下手でも、ある種の味が出るものである。だが、チョビ髭先生の歌は、驚いたことに、ただひどいだけなのだ。私がその場を外れようと歩き出すと、歌いながら追いかけてくる。」

 加藤九祚の愛嬌がうかがえて楽しい。

 本書には「オセチアの祟り」という面白い章がある。「祟り」にはいくつかの意味が込められている。歓迎の酒の強要も「祟り」のようだ。酒に弱くはない中村敦夫もダウンする。そのときの様子は以下の通りだ。

「地元の男たちは、まるで水でも飲むような調子だが、客たちは次第にダウンしてくる。笑っているのは、酒好きのチョビ髭先生だけである。(…)一日に酒を25杯も飲むなんて、人生の新記録だ……。そんなことを思っているうちに、私は意識を失ってしまった。」

 加藤九祚は『シルクロード文明の旅』[LINK]で、この宴会を次のように描いている。

 「(…)しきたりにのっとって殺した羊と自家製トウモロコシ酒で大宴会になった。乾杯の連続で中村氏はついにダウンした。ヴォロジャが乾杯の音頭をとるたびにみんながアーメフサウドと叫んだ。「アーメン」という言葉にも似ている。」

 坦々とした描写である。やはり、加藤九祚は酒に強かったようだ。
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