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Eテレで放映中の『3か月でマスターする(3マス)古代文明』を録画視聴している。講師は現役研究者で、最近の研究成果を反映した内容なので興味深い。
第3回の『ヒッタイト”鉄の帝国”のヒミツ』は特に面白かった。ヒッタイトと言えば「鉄」が思い浮かぶ。製鉄技術の独占による鉄の兵器で勢力を拡大したというイメージがある。だが、この番組では「鉄の帝国」というヒッタイト像を否定していた。ヒッタイトは青銅器時代の帝国であり、鉄器を実用化していたわけはないそうだ。驚いた。
ヒッタイトについては、一昨年に出た新書を購入したまま積んでいた。その新書の著者は「3マス古代文明」第3回に講師として出演した津本英利氏(古代オリエント博物館研究部長)である。番組を契機にその新書を読んだ。
『ヒッタイト帝国:「鉄の王国」の実像』(津本英利/PHP新書)
著者は、高校世界史でヒッタイトについて習う内容を次のように要約している。
(1)鉄器を早くから使用して、古代オリエント世界でエジプトに並ぶ勢力を築いた。
(2)シリアのカディシュでエジプト戦ったが、世界最古の和平条約を締結した。
(3)バビロンを攻撃して滅ぼした。
(4)「海の民」という謎の勢力に攻撃されて滅んでしまった。
本書を読了すると、(1)と(2)は最近の知見では必ずしも正確ではないとわかる。
本書の「第9章 ヒッタイトは「鉄の王国」だったのか?」で、当時の製鉄の実態と「鉄の王国」と認識された経緯を解説している。ヒッタイトが「鉄の王国」と印象づけられたのは、世界最古の鉄剣が発掘され、往時のヒッタイトの文書に鉄への言及が多いからである。だが、世界最古といわれる鉄剣は後に隕鉄(鉄でできた隕石)製と判明した。実用的製鉄技術の成果ではない。また、ヒッタイトの文書にある鉄は贈答用の貴重な鉄器であって実用品ではない。ヒッタイトの遺跡から鉄器が大量に発掘されているわけでもない。
ヒッタイトの時代、オリエント地域に未熟な製鉄技術はあったが安定した品質の実用的鉄器は作られず、贈答用の多少の鉄器が作られていたにすぎなかったそうだ。著者は次のように述べている。
「筆者の管見の限りでは、欧米語圏でヒッタイトと製鉄がことさら結び付けて語られることは多くはない。(…)「ヒッタイト=鉄」のイメージは、むしろ日本語世界においてもっとも強調されているように感じる。これは前述のチャイルドの記述(※)に依拠した歴史教科書の影響が大きいこともあろうが、20世紀後半に、日本が鉄鋼生産量や製鉄技術で世界の首位を争っていた社会的背景とも無縁でないように思える。」
(※共産主義に傾倒していた考古学者チャイルドは、1942年に出版した一般書『歴史のあけぼの』で、ヒッタイト人が製鉄技術を独占していたが、それが漏れたことで青銅器時代から鉄器時代に移ったと述べた。)
ヒッタイト帝国がどのように滅亡したかは不明だそうだ。干ばつや内乱が滅亡につながった可能性が高いらしい。著者は次のように述べている。
「ヒッタイト帝国の滅亡に「海の民」が直接関わったということはほぼ考えられない。しかし、「海の民」による動乱が引き金となって、それまでヒッタイト帝国を支えていた様々な制度(システム)が機能不全を起こし、新たな不和(国民の分断、属国の自立)や争い(内戦)へと連鎖し、帝国が崩壊するに至ったと考えることができる。」
著者は考古学者であり、本書には考古学の面白さを伝える案内書の趣がある。遺跡発掘や楔形文字解読によってヒッタイト帝国が「再発見」されたのは20世紀初頭だそうだ。発掘や解読の話にはワクワクさせられる。
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