探検の時代の西域にはスパイがいっぱい
2025-08-28


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瑞超はチベット踏破には失敗する。著者は、瑞超が試みたのとほぼ同じ崑崙の山にとりつく所までは行ってみたそうだ。「家畜を連れての旅はまったく無理と思えた」と述べている。隊員の逃亡もあり、失敗すべくして失敗した。著者は、清国政府による妨害が絡んでいた可能性を示唆している。チベット踏破は当初の計画にはなく、瑞超が独断で決行した。瑞超がホータンから崑崙山脈を越えてチベットへ向かっていると知った清国政府は日本政府へ抗議の通告をしている。まさに諜報戦の時代、瑞超の無謀な行動を見張っている眼があったようだ。

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