地名や人名を確認しながら『天山を越えて』を再読した
2025-06-07


禺画像]
胡桃沢耕史の『黒パン俘虜記』[LINK]を読み、42年前に読んだ『天山を越えて』を読み返したくなった。大筋がぼんやり残っているが詳細は忘れている。彼方のシルクロード世界が舞台の面白い小説だったとの印象は鮮明だ。

 『天山を越えて』(胡桃沢耕史/徳間書店)

 42年前に購入した単行本のオビには「胡桃沢耕史さん、直木賞受賞、おめでとう!」の文字が躍っている。『天山を越えて』は1982年下期の直木賞候補作だが受賞を逃し、半年後に『黒パン俘虜記』が受賞(1983年上期)する。私が読んだ『天山を越えて』は直木賞受賞後の増刷版である。

 この小説を読んだとき、こんな面白い小説がなぜ直木賞を取れなかったのだろうと思った。今回読み返して、直木賞を逃した理由がわかる気もした。舞台設定は抜群に面白いが、話の展開にご都合主義的な偶然も多く、やや粗雑にも思える。でも、読ませる迫力がある。

 1981年(現在)、古びた都営住宅に住む元・仕立て職人の71歳の老人(衛藤)が失踪する。家族宛てに「急用があって、烏魯木斉(ウルムチ)へ行く」との不思議なメモを残していた。そこから物語が始まる。

 衛藤は満州事変後の1933年(昭和8年)から約5年間、特殊な任務で中国奥地(西域)の砂漠地帯を彷徨う体験をしていた。その任務とは、ある軍閥の将軍に嫁ぐ日本人女性の護衛である。その将軍は東干(トンガン)と呼ばれる回教徒の少数民族を率いていた。国民党への対抗勢力伸長のために軍部が画策した政略結婚である。さほど能力もない衛藤が護衛に選ばれたのは、髭面の風貌に威圧感があると思われたからである。花嫁を届ける砂漠の旅は予期せぬ事態によって困難を極める。

 この小説の大半は1930年代の西域が舞台だが、外枠は現在(1981年)であり、1960年頃の話も挿入される。スケールの大きい冒険小説である。

 この小説を最初に読んだとき私は34歳だったが、いまは76歳だ。老人扱いされている71歳の主人公の年齢も超えてしまった。

 烏魯木斉(ウルムチ)という地名はこの小説で初めて知ったと思う。当時は地理や歴史の知識も乏しく関心もなかった。未知の地名や人名は読み飛ばしていた。その後、西域やシルクロードへの関心が高まり、多少の本も読んできた。再読の際には、未知の地名は地図で場所を確認しながら読んだ。登場する人名も、実在の人物か架空の人物かが気になる。

 林銑十郎大将をモデルにした森鉄十郎大将などが登場するが、盛世才、楊増進、金樹仁など実在の人物も何人か出てくる。日本女性の政略結婚の相手である馬仲英も実在する。花嫁の件はフィクションだろう。以前に読んだ『新疆ウイグル自治区』[LINK]に馬仲英は少しだけ出てきた。

 小説の冒頭、71歳の衛藤が子や孫からプレゼントされたヴィデオでNHKの『シルクロード』をくり返し観る場面がある。あの番組は1980年から1981年にかけての放映だ。『天山を越えて』は番組放映と同時代の小説なのだ。当時、私はあの番組を観ていない。それから40年近く経って、2020に放映された再放送[LINK]を観た。

 42年前の私は、シルクロードや西域について何も知らないままに、この小説を楽しんでいたのかと、やや憮然たる気分になった。42年経って、小説の読み方が少し変わったかもしれない。

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット