『金閣を焼かねばならぬ』はスリリングな三島由紀夫分析
2021-01-12


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先月(2020.12.15)の朝日新聞に大佛次郎賞発表の記事があり、受賞作は精神科医の書いた『金閣を焼かねばならぬ』という本だった。面白そうだと思い、都心の大型書店に行ったときに探した。文芸書の棚ではなく医学書の精神病理学の棚にあったので、少しためらったが、購入した。

 『金閣を焼かねばならぬ:林養賢と三島由紀夫』(内藤健/河出書房新社)

 金閣寺を焼いた学生僧・林養賢と、事件を題材に小説『金閣寺』を書いた三島由紀夫の二人を精神医学の視点で読み解いた書である。精神病理学の専門書と身構えるほどに敷居は高くない。精神医学の用語も出てくるが哲学書・文学書に近い。精神医学という分野が哲学や文学に隣接しているということだろう。

 著者は林養賢を精神分裂病(統合失調症)と見なしている。金閣に放火したのは病状の前段階の時期で、放火の数カ月後に発症したとし、放火に動機はないとしている。

 三島由紀夫がこの事件の記録を詳細に調べて執筆した『金閣寺』の登場人物は、作者が造形したフィクションである。主人公像は実際の放火犯とはかなり異なる。三島自身「あれはね、現実には詰ンない動機らしいんですよ」と述べている。

 著者は、そんな三島由紀夫について「養賢に対する感情移入は一欠片もみられない」としたうえで、林養賢に対してだけでなく、生身の人間に感情移入ができないのだと分析している。それが三島由紀夫の宿痾である「離隔」だと「診断」している。

 幼少期から文学に親しみ、言葉を紡ぎ出すことに巧みだった三島由紀夫は、現実世界にリアリティを感じることができない人間に育つ。現実感覚が希薄な様を表す言葉が「離隔」である。

 本書は、そんな三島由紀夫が『金閣寺』を執筆することによって林養賢と「邂逅」する物語である。わかりやすくはないが、成る程と思わせる論旨でスリリングだ。三島由紀夫の精神の様が鮮やかに浮かびあがってくる。

 「離隔」をキーワードに本書を読み進めると、三島由紀夫がボディビルから切腹へ至る姿がくっきり見えた気がした。
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