ダンヌンツィオの伝記を読んで頭がクラクラ
2020-01-16


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◎三島由紀夫が夢中になったダンヌツィオ

 分厚いダンヌツィオの伝記を読み、頭がクラクラした。常軌を逸した生涯に圧倒されたのである。

 『ダンヌンツィオ 誘惑のファシスト』(ルーシ・ヒューズ=ハレット/柴野均訳/白水社)

 ダンヌンツィオは1863年生まれの詩人・作家である。日本人だと徳富蘇峰と同い年、森鴎外より一つ年下、二葉亭四迷より一つ年上という世代で、第二次大戦開戦前年の1938年に74歳で亡くなっている。現在では忘れられた作家に近い。戦前はよく読まれていたらしい。

 私がダンヌツィオという名を知ったのは約30年前、筒井康隆氏の三島由紀夫論『ダンヌンツイオに夢中』読んだときである。「三島由紀夫はダンヌンツイオになりたかったのだ」と面白く論述した評論で、これによってダンヌンツィオというスゴイ人物を知った。

 その後、上田敏の『海潮音』の冒頭の詩がダンヌンツィオだと人から聞いた。『海潮音』は中学・高校時代に目を通したが「山のあなたに…」「秋の日のヴィオロンの…」「時は春、日は朝…」以外は失念している。確認してみると、この高名な訳詩集の冒頭2編と末尾2編はダンヌンツィオの詩だった。格別の扱いである。

◎破天荒な生涯

 私が接したダンヌツィオ作品は『海潮音』の詩だけで、小説や戯曲は読んでいない。にもかかわらず『ダンヌンツィオ 誘惑のファシスト』を読もうと思ったのは、この人物に文学者を超えた妖しさを予感したからである。

 本書を読了し、予感を超えた破天荒な生涯に唖然・呆然とした。十代で詩集を出版して注目されてから74歳で亡くなるまでの人生は、ケタ外れの好色・浪費・借金踏み倒しの連続で、そこから多くの詩・小説・戯曲を生み出している。それだけではなく、イタリア国民を鼓舞する極端な行動を展開し、この国の運命を左右する政治的存在になってしまうのである。

 2017年に訳書が出た本書の原著はダンヌツィオ生誕150周年の2013年の刊行で、著者は1951年生まれの女性伝記作家である。2段組600ページを超えるこの伝記は、エピソード集成の形式でダンヌツィオという怪物的人物の生涯を描き出している。

◎自己演出の人

 ダンヌンツィオは高潔な文豪ではない。自己演出、自己宣伝に長けた人だった。十代で最初の詩集を親の金で出版したときは、「夭折した天才」を演ずるために自分が死んだという誤報を新聞社に提供している。また、生涯に何度か決闘をしているが、そのいくつかはヤラセだったらしい。

 と言っても多くの作品が高く評価されたのは事実であり、旺盛な創作力で詩・小説・戯曲を生み出した。その創作力の源泉は並外れた浪費と色情狂とも思える好色であり、借金返済に追われながら常に複数の愛人がいたようだ。

 私は小説や戯曲を読んでいないのでよくはわからないが、作風は頽廃的で死や血を好んだらしい。そんな作風であっても「詩聖」「国民的作家」になったのはわかる気がする。文学とはそういうモノである。

◎イタリアの独裁者になったかも…

 ダンヌンツィオがスゴイのは文学者であることを超えて「軍人」「政治家」として奇矯な活躍をして英雄になったことである。その行動はあくまで文学者的であり、「詩人の軍隊」「詩人の政治」という面妖なものを現出させたのである。三島由紀夫や石原慎太郎とは自己演出のスケールが違う。

 第一次世界大戦の戦後処理交渉で戦勝国イタリアには不満が渦巻いていた。パリにおけるイタリア首相オルランドとイギリス首相ロイド・ジョージの交渉場面を本書は次のように描いている。

 「パリでオルランドがロイド・ジョージに、議会の反乱あるいは民衆の暴動によって自分は失脚するだろうと告げたとき、ロイド・ジョージは誰が権力を握ると考えているのかと尋ねた。「おそらくダンヌンツィオだろう」とオルランドは答えた。」


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