『ギリシア人の物語』を面白く読んだ
2018-03-01


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◎塩野七生の歴史エッセイはリーダー論

 塩野七生の『ギリシア人の物語』全3巻が昨年末に完結した。『ローマ人の物語』[LINK]と同様に年1冊ペースの刊行で、以前から気がかりな本だった。完結を機に3冊まとめて購入し、面白く読了した。

 『ギリシア人の物語T:民主政のはじまり』(塩野七生/新潮社)
 『ギリシア人の物語U:民主政の成熟と崩壊』(塩野七生/新潮社)
 『ギリシア人の物語V:新しき力』(塩野七生/新潮社)

 第1巻はペルシア戦役、第2巻はペロポネソス戦役、第3巻はアレクサンドロス(本書オビの表記は「アレクサンダー」だが本文はアレクサンドロス)を描いている。全3巻で古代ギリシアの歴史を描いているが、塩野七生の関心はあくまで人物であり、スパルタやアテネ以前のミノア文明、ミケーネ文明、線形文字解読など考古学的な話題は割愛されている。気持ちのいい割り切りである。

 全3巻を読んで「小説のように面白い」と感じた。塩野七生の歴史エッセイは歴史小説とも呼ばれているからこの感想は変だ。一般的な歴史概説書よりワクワクした気分でスラスラと読めたということだ。

 塩野七生の歴史エッセイは卓越した政治家や軍の司令官に焦点をあてた人物論であり、リーダー論である。それが現代にも通じる文明論にもなっているから面白い。

 ペルシア戦役を扱った第1巻では、都市国家連合のギリシアのペルシアへの勝因を、ペルシアの「量」で圧倒するやり方に、ギリシアは総合的な「質」を結集して対応したこととしている。そして、次のように総括している。

 「この、持てる力すべての活用を重要視する精神(スピリッツ)がペルシア戦役を機にギリシア人の心に生れ、ギリシア文明が後のヨーロッパの母胎になっていく道程を経て、ヨーロッパ精神を形成する重要な一要素になったのではないだろうか。」

 ヘェーと思いつつ、何となく納得してしまう。

◎テミトクレス、アルキビアデスと悪役たち

 本書には多くの人物が登場するが、著者が焦点を当てているのは第1巻ではテミトクレス、第2巻ではアルキビアデスである。前者はアテネ海軍を増強しサラミス海戦を勝利に導いた人物、後者は奔放な美貌の青年政治家で、二人ともかなり魅力的に描かれている。

 そんな魅力的な人物とは対照的な悪役も登場する。スパルタの5人のエフォロス(監督官)やアテネの扇動政治家たちだ。この悪役たちの視野が狭く洞察力のない小人物ぶりに読者は苛立つしかなく、それが物語を面白くもしている。

 また、名脇役のような形で歴史家のツキディディス、悲劇作家のソフォクレス、哲学者のソクラテスなどが登場するのも興味深い。彼らは軍の指揮官あるいは重装歩兵として戦役に参加しながら著作や哲学にも打ち込んでいる。そんな「文化人」たちへの著者の視線はやや醒めているように感じられる。

 第1巻ではスパルタ軍を率いて活躍したパウサニアス(少年王の後見人)も魅力的に描かれている。ペルシア戦役で大勝をあげながらもエフォロス(監督官)によって死に追いやらた人物である。パウサニアスはペルシアに内通した裏切者と見なされたのだ。その冤罪が晴れて再評価されたのは、なんと20世紀になってからだそうだ。驚くしかない。パウサニアスが長期間にわたって評価されなかったのは、パウサニアスが好きでなかったツキディディスが『戦史』で中傷に近いエピソードを紹介したからだそうだ。塩野七生はツキディディスをそう非難している。

 作家の学者への苛立ちのとばっちりに見えなくもない。

◎真打はアレクサンドロス大王

 以上、第1巻と第2巻の登場人物たちは前座で、一番ぶ厚い第3巻のアレクサンドロスが本書の真打である。


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