『ブラッドランド』で20世紀前半の「大量殺人」に暗然とする
2017-03-15


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本日(2017年3月15日)投票のオランダ下院選挙では「イスラムはナチスより悪質」と主張する極右政党がどこまで伸びるか注目されている。選挙結果はまだわからないが、そんな日に、ヒトラーとスターリンの怖ろしさが伝わってくる次の本を読了した。

 『ブラッドランド:ヒトラーとスターリン大虐殺の真実(上)(下)』(ティモシー・スナイダー/布施由紀子訳/筑摩書房)

 ドイツとソ連に挟まれたポーランドとその周辺地域において、1933年から1945年の間に発生したヒトラーとスターリンによる「大量殺人」を描いた本である。現在のポーランド、ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国にまたがるこの地域を著者はブラッドランド(流血地帯)と名付けている。

 この地域における大量殺人はドイツがポーランドに侵攻した第二次世界大戦勃発によって始まったのではない。ロシア革命の後、スターリンが権力の座につき、工業国家建設のためにウクライナの農地と農民を活用しようとしたときから始まったのである。それは人為的に飢餓を発生させる政策になり、ウクライナでは330万人の餓死者が出た。

 330万人という死者数は実感しにくいし、想像の範囲を超える。大量殺人という言葉でイメージできるのは数十人程度からせいぜい数百人までで、それを超えると個々の死の積み重ねを想像しにくくなる。新聞の死亡者リスト掲載も難しくなる。

 大災害になると犠牲者の規模は大きくなる。東日本大震災の死者は2万人弱、関東大震災の死者は10万人余りで、この数字でも途方に暮れる。戦争の犠牲者で見ても、広島原爆が約20万人、長崎原爆が約14万人。それと桁が違う330万人の餓死者はとんでもない数字である。石碑に名簿を刻むのも困難な数字だ。

 だが、330万人はブラッドランドにおける大量殺人のはじまりに過ぎず、その後1945年までの間に総計1,400万人が殺されたのだ。これは戦死を含まない数字で、人為的餓死、銃殺、ガス殺などの犠牲者の数だ。人間の文明がこれだけの数の人を殺したという事実に暗然とするしかない。

 著者が推計した1,400万人の内訳は以下の通りだ。

  ・ソ連の政策で餓死させられたウクライナにのソ連国民 330万人
  ・ソ連で政策的に処刑された70万人の内、西部のソ連国民 30万人
  ・独ソの軍隊に射殺されたポーランド国民(主に指導層) 20万人
  ・ドイツ占領下で餓死させられたソ連国民 420万人
  ・ドイツにガス殺または射殺されたユダヤ人 540万人
  ・ベラルーシ、ワルシャワでドイツに殺害された民間人 70万人

 その詳細は本書で詳しく語られている。ヒトラーが主にユダヤ人や敵国民を殺害しているのに対してスターリンは自国民も大量に殺害している。この地帯に住む人々の民族意識・政治信条・国籍はさまざまでアイデンティティも複雑だから、大量殺人の実相は多様だ。著者はこの大量殺人を「数」に還元するのではなく個々の人々の死であることを繰り返し強調している。

 ホロコーストと言えばアウシュヴィッツを連想するが、アウシュヴィッツは生き残った人々の証言が多いために有名になったのであり、ブラッドランドにおける大量殺人の一部に過ぎない。そのことをあらためて認識した。

 本書を読めば、ヒトラーもスターリンも悪魔的に怖い人物に思えてくるが、ほんの数十年前に発生した大量殺人の責任をこの二人だけに負わせるわけにはいかない。人類は犠牲者ではなく加害者だとの視点が必要だ。歴史から学ぶべきことは多い。
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