繪本と写真集で『仮名手本忠臣蔵』観劇気分を盛り上げる
2016-10-18


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『仮名手本忠臣蔵』連続完全通し上演を今月から3ヶ月続けて観る予定なので、観劇気分を盛り上げようと『仮名手本忠臣蔵を読む』(服部幸雄編/吉川弘文館)という本を読んだが、むしろ歌舞伎以外の忠臣蔵文化へ関心が分散してしまった。

 それはそれでいいとしても、観劇気分を引き戻すため、書架から次の2冊を引っ張りだした。いずれも絵や写真が中心で文章は少ないので、のんびりとコーヒーを飲みながらページを繰っていける。

『繪本仮名手本忠臣蔵』(安野光雅/朝日新聞出版/2010年9月)
『写真忠臣蔵』(吉田千秋/カラーブックス・保育社/1983年12月)
 
 前者は大判の絵本、後者は文庫版の写真集、サイズはずいぶん異なるが内容は似ている。どちらも『仮名手本忠臣蔵』全11段のすべてを各段ごとに絵あるいは写真で紹介し、各段ごとのあらすじと解説が付いている。観劇のための贅沢なパンフレットのような本で、観劇の前準備に最適だ。

 大判の『繪本仮名手本忠臣蔵』は全11段を31枚の見開きの絵で表している。『旅の絵本』シリーズなどで高名な安野光雅氏独特の情緒がある絵だ。安野光雅氏は仮名手本忠臣蔵を最初に人形浄瑠璃で観たそうで、多くの絵は人形浄瑠璃と歌舞伎の舞台を混ぜ合わせた雰囲気になっている。人物は歌舞伎役者というよりは浄瑠璃人形に近い。舞台を超えて情景を自由に挿絵風に描いた絵もあり、まさに絵本という独自の世界に展開された仮名手本忠臣蔵である。

 『写真忠臣蔵』の著者・吉田千秋氏は舞台写真家で、全ページに1枚から数枚の歌舞伎舞台写真が掲載されている。30年以上前の本なので故人になった役者の写真が多いが、現在も活躍している役者の若い頃の写真もある。かなりの期間に撮りためた多様な舞台写真を編集し、古い白黒写真や新しいカラー写真を混ぜて各場面を構成している。

 この本の面白いところは、場面ごとに役者が目まぐるしく変わっている点だ。たとえば、3段目の刃傷の場の10枚ほど舞台写真では、師直は中村富十郎、板東三津五郎、中村勘三郎、尾上松緑の4人であり、判官は市川海老蔵(9代目)、中村歌右衛門、尾上梅幸、市川海老蔵(10代目)の4人だ。それぞれの写真には役者名が書かれているだけで撮影年月の記載がなく、その役者が何代目かは写真から推測しかない。

 同じ役者が場面ごとに役が入れ替わっている例も多い。吉田千秋氏の解説文によれば、仮名手本忠臣蔵に関しては主役から端役にいたるどの役も演じられるように勉強しておくのが歌舞伎役者の心得だったそうだ。だから、この芝居に限っては役名と役者名を決めるだけで、舞台稽古なしのぶっつけ本番で上演されてきたそうだ。

 現在でもそうなのかどうかはわからないが、すごい話だ。頻繁に上演される場面では成り立つようにも思えるが、めったに上演されない場面をぶっつけ本番でやれるのだろうか。

 『写真忠臣蔵』が素晴らしいのは、めったに上演されない場面を含めて、ほぼすべての場面の写真が掲載されている点である。安野光雅氏の『繪本仮名手本忠臣蔵』には、4段目冒頭の「花献上の場」について次のように書いている。

 「普通、歌舞伎ではこの場面を省くことが多く、いろいろ資料をあたってもみつからないので、ここでは人形所瑠璃の舞台を参考にした。」

 私の手元にある『名作歌舞伎全集2』(東京創元社)に収録されている「仮名手忠臣蔵」の台本にもこの場面はなく、4段目は「切腹の場」から始まっている。

 ところが『写真忠臣蔵』には、この「花献上の場」の写真がちゃんと掲載されている。カラーなので、そんなに昔の舞台ではなさそうだ。今回の国立劇場のパンフレットにも「花献上の場」が載っていた。

 そんなささやかな発見をして、観劇気分が盛り上がってきた。
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