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ベテラン作家の私小説風の長編を二つ続けて読んだ。
『K』(三木卓/「群像」2012年2月号)
『紅梅』(津村節子/文藝春秋)
前者は亡くなった妻の、後者は亡くなった夫の回想と看病の話だ。
1カ月ほど前の朝日新聞の文芸時評で斉藤美奈子が『K』を取り上げて、「困ったなあ、グッと来ちゃったぜ」と書いていた。その時評の中で『紅梅』との連想にも言及していた。斉藤美奈子の文章は面白いので、つい『K』読んでみる気になった。「群像」は図書館で借りた。
三木卓の小説を読むのは初めてだと思う。津村節子も高校生の頃に芥川賞候補作・受賞作を読んで以来だ。つまり、二人とも私にとっては馴染みの作家ではない。関心領域外の作家とも言える。
しかし、2作品とも読みやすく、興味深く読了できた。この数年、私にとって初めての比較的若い現代作家(吉田修一、冲方丁、万城目学、伊坂幸太郎、佐藤友哉、角田光代、室積 光など)の小説を読むたびに、「何か違うな」という違和感があった。しかし、この2作品にそのような違和感を抱くことはなかった。
自分より若い作家の小説に共感できず、年配作家の私小説を面白く感じるのは、まぎれもなく老化だと思う。元来、私は私小説などを好むタチではなかった筈なのだ…。
三木卓の妻「K」は福井桂子という詩人だったそうだ、津村節子の夫は、記録文学の吉村昭氏だ。斉藤美奈子が指摘しているように『K』と『紅梅』は、物書き同士の結婚と死別の記録という共通点がある。
この二作品を比べると『K』の方が面白い。Kこと福井桂子という人があまりにユニークだからだ。三木卓はKとの出会いから死別までの47年間を描いたこの小説の冒頭で「たしかに夫婦でありいっしょに暮したのだが、つまるところ、ぼくには、この人がよくわからなかった」と書いている。これは恐ろしくも面白い含蓄のある感慨だ。わからないことを提示するのは小説の機能である。
長編『K』は、この冒頭の感慨を敷衍する物語であり、悲しい死別後にも残った「??」という気分に、人生というつかの間のうたかたを感じる。
吉村昭氏が死の床にあって、自ら点滴やカテーテルをひきむしって死んだという壮絶な話は聞いていた。だから、その様子を書いたであろう『紅梅』には関心があり、『K』を読んだのきっかけに『紅梅』も読んだ。
まず、びっくりしたのは吉村昭氏が舌癌だったということだ。私と同病だ。私は2003年に舌癌に罹り、放射線照射の後、舌の腫瘍切除と腹直筋による舌再建の手術を受けた。その後、癌は再発していないが舌の可動域は狭くなり、かなり不自由だ。
吉村昭氏は腫瘍切除という選択肢は採らず、放射線源を患部に挿入する小線源療法を採った。小線源療法は最新の効果的な療法で、私の場合もその選択肢はあったが、私は切除を選んだ。
同じ舌癌患者ということで『紅梅』を一気に読んだが、妻から見た私事・些事の垂れ流しのような印象が残る小説だった。実名を使わず、オブラートに包んだような説明文で固有名詞を暗示する表現法にも違和感を覚えた。「回想・吉村昭」といった割り切った書き方にした方が読みやすいと思う。私小説作家・津村節子には、吉村昭的な記録文学手法には抵抗があるのかもしれないが。
私小説特有の挟雑物がやや目ざわりだったが、末尾の「情の薄い妻に絶望して死んだのである。育子はこの責めを、死ぬまで背負っていゆくのだ」という記述には「小説」を感じた。私小説の味わいというべきか。
斉藤美奈子は『K』を「私小説ではなく他小説と呼びたくなる」と述べている。
「私小説」「他小説」「記録文学」それぞれに接点はあり、似ている部分もありながら、かなり違いもありそうだ。この三つに対応する津村節子、三木卓、吉村昭が、それぞれに違うように。
そして、どんな方法でも「わからない」を「わかった」に転換するのではなく、「わからなさ」を掘り下げるだけのように思える。
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