脱原発は文明論である
2011-09-21


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おしゃべりな社会学者・宮台真司氏主導の本かなと思ったが、飯田哲也氏の主張や解説が中心の内容だった。宮台氏は聞き役兼コメンテータという役所だ。この二人は1959年生まれの同世代だそうだ。山本義隆氏より18歳若い。

 原発の技術的非合理性、社会的非合理性を論じた対談だが、自然エネルギーへのシフトが強調されている。
 本書には「知識社会」という言葉が頻出する。それはヨーロッパにはあるが日本では形成されていないものだそうだ。一言で言うと「ヨーロッパは進んでいる。日本は遅れている。」という内容である。北欧やドイツの紹介はあるが、原発国・フランスへの言及はない。本当のところはよくわからないが、著者たちのような見方もありうるだろうなという気はしてくる。

 山本義隆氏は原発開発の源流に核兵器開発の潜在力維持の考えがあったとしているが、宮台氏は「核武装うんぬんは政治オンチの戯言」と述べている。脱原発思想から左翼的硬直性を排除したいという考えだろう。眺めている時間の違いもありそうだ。

 また、二人とも地球温暖化懐疑論を非知的な考えとして退けている。反原発の広瀬隆氏との大きな違いだ。私は、地球温暖化論は原発推進のための陰謀だとまでは思わないが、電力会社が原発推進のために温暖化論を政治的に利用したのは確かだと思う。原発と温暖化論は検証すべきテーマの一つだ。

 飯田哲也氏は3.11以降テレビでよく見るが、本書によって経歴などを初めて知り、興味深い人物だと思った。原子核工学を専攻し、神戸製鋼で原発関連の仕事に従事し、電力中央研究所でIAEA関連の業務に携わっていたそうだ。いわゆる「原子力ムラ」出身者で、現在は環境エネルギー政策研究所所長である。かなり幅の広い人物のようだ。

 本書で面白いのは、飯田氏の語る原子力ムラや日本の官僚たちの生々しい実態である。確かに、何とかしなければ日本はダメになると思えてくる。
 本書は、原発推進の社会を形成してきた日本の官僚制や政治経済などの問題点を指摘するだけでなく、それを打開する方策も述べている。打開策実施のキーワードは経済合理性の導入である。
 と書くと、かなり現実的な提言の書のように思えるが、必ずしもそうとは言い切れない。社会が変わるには、それを構成する一人ひとりの意識が変わらなければならいという点も指摘されていて、かなり文明論的でもある。
 そこに、山本義隆氏の考察と通底するものを感じた。

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